
ゴシップからはじめる不真面目な英国哲学入門。アンスコム、ストローソン、パーフィット、ケンブリッジのウィトゲンシュタイン……明晰で分析的な文章の裏にある、哲人たちの一風変わった人生とは。好評を博したウェブ連載の紀行エッセイを3万字増量して書籍化。
あとがき
アイドルはトイレに行かないという説がある。BTSという韓国の男性グループが好きな私の娘もそう信じている。娘の考えによると、BTSのメンバーは生まれたときから一度もトイレに行ったことがないが、いつかグループが解散したら各自トイレに行くようになるそうだ。では、哲学者はトイレに行くだろうか。デカルトやウィトゲンシュタインがトイレに行く姿は想像しにくい。恋愛などはなおさらであろう。昔の哲学者の肖像画や写真だけを見ていると、哲学者はみな中年か高齢者で、恋愛もせず、霞を食って生きていたのではないかと思うかもしれない。心の哲学の分野で有名なコリン・マッギンも、自伝的な哲学入門書の中で次のように書いている。
哲学者のステレオタイプの一つとして、哲学者は一人で一日中部屋に籠り、絶え間なく思索を行っている、というものがある――まるでひたむきな哲学者の人生には愛もセックスもないかのように。
決して笑い事ではないが、こう書いたマッギン自身は、その後セクハラ問題を起こして大学を退職し、はからずも上記のステレオタイプを打ち破った。本書はそのような人倫に背いた仕方ではないやり方で、哲学者もトイレにも行けば風呂にも入り、恋愛もすれば戦争にも行く身近な存在であることを示そうとしたものである……と言えなくもない。
(…後略…)
児玉 聡 (コダマ サトシ) (著)
1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科専任講師等を経て現在,京都大学大学院文学研究科教授。
主な著書に『COVID-19の倫理学』(ナカニシヤ出版,2022年),『実践・倫理学』(勁草書房,2020年),『正義論』(共著,法律文化社,2019年),『入門・倫理学』(共編,勁草書房,2018年),『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人,2013年),『功利主義入門』(筑摩書房,2012年),『功利と直観』(勁草書房,2010年,日本倫理学会和辻賞受賞)など。