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100年前『灯台へ』と、ひとり船出した早逝の詩人がいた!忘れられた翻訳が海神のように甦る。テンポ、リズム、緻密で洗練された語彙。輝ける訳業に心揺さぶられます。日本にウルフ文学をもたらした葛川訳の発掘!
ー 森山恵(詩人・翻訳家)
もっと長くここにいたい、この翻訳に終わってほしくない。一行ごとに扉がひらき、百年前の日本語が燈台の光を点滅させる。
「あ ここにゐたのだつけ」
――私の意識の波打ち際に、誰のものかわからない記憶が押し寄せてくる。
ー 斎藤真理子(韓国文学翻訳家)
事実、ひとは彼女の作品を読んで、到るところに覗はれる女性的な感覚や、抒情味や、繊細な筆致に打たれると共に、絶えず新しい形式を生み出さうとして繰返される悩ましいまでの努力と、存在の真実をつきとめようとする力強い探求に動かされるだろう。
ー葛川篤(『ウルフ短篇集 列冊新文学研究(作品部 第三篇)』)
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日本で最初の『灯台へ』
編集者よりコメント
20世紀モダニズム、そしてフェミニズムを象徴する作家であるヴァージニア・ウルフ。 その代表作のひとつ『灯台へ』(原題:To the Lighthouse)は、1927年に刊行されました。
刊行からわずか4年後、1930年から1931年にかけて、当時の日本でモダニズムを実践した文芸誌「詩と詩論」に、翻訳が掲載されました。訳者は葛川篤(くずかわ・あつし)。英語とフランス語に通じた若き天才で、銀行員の傍ら文芸翻訳に取り組んだ人物です。瀬沼茂樹や伊藤整、春山行夫、左川ちかといった、昭和文学史に名高い作家・評論家とも近い関係にありました。関東大震災や世界恐慌、満州事変といった災禍を生き、32歳に結核で亡くなりました。
『灯台へ』のほかにも、葛川はウルフの短篇作品を翻訳しています。また、マルセル・プルースト、アンドレ・ジッドといったフランス語作家も早くに訳しています。しかし、その名前は人々の記憶にほとんど残っていません。このたび、葛川の手がけた日本初訳の『灯台へ』を復刊することで、ひとりの名もなき翻訳家が残した仕事に光を当てるとともに、現代の読者が『灯台へ』という作品に出会い直す機会になればと考えています。
ぜひ、ご期待ください。
2024年10月
「作家の手帖」共同編集長 小澤みゆき
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葛川篤とは
葛川篤(くずかわ・あつし、1906-1938)。本名は刈田儀衛(かりた・ぎえい)。秋田県出身。東京商科大学(現:一橋大学)の本科在籍中に文芸同人誌「一橋文藝」の立ち上げに参加。ヴェルレーヌやエドガー・アラン・ポー、スタンダールなどを精力的に訳した。卒業後は「詩と詩論」「新文學研究」などで、英語・フランス語圏の小説、評論の翻訳を手がける。1930年から日本初訳となるヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を抄訳したほか、プルースト『失われた時を求めて』(部分訳)や、アンドレ・ジッド『贋金づくり』(伊藤整との共訳)なども手がけた。
「作家の手帖」とは
2020年結成の文章表現ユニット。2021年4月に「もの書き」が生活に役立つ知識を持ち寄るメディア「作家の手帖」を立ち上げ、「創刊号が世に出たら解散する」というコンセプトでのんびり活動する。今回の葛川篤訳『灯台へ』は、シリーズ企画「準備2号」の一環で刊行予定。